沖縄にフライドポテトを食べに行く1

標準

沖縄に行っていた。

またオミクロンが猛威を奮う前の昨年12月のことだ。今行っておかないとまた行けなくなるんじゃないかと思ってのことだが、その予想は悲しくも当たってしまうことになる。

まだ夜も明けきらぬ12月12日早朝。

旅行出発の早朝というのは不思議な感覚で、まだ街中が眠っている中、自分だけは動き出しているという特別感と、いざ現地に到着さえすればあんなに楽しいのに、この時点ではまだ気だるいような憂鬱な気分だ。

最寄りの岡山空港には第1から第4までの駐車場があり、近い順に番号が振ってある。第1のみ有料でそれ以外は無料だ。

無料でかつ近い第2駐車場や第3駐車場は人気で常に満車。遠くて広大な第4駐車場に停めることが多かった。というかこれまで第4駐車場以外に停められたことは一度もない。

もはや第4に停める以外の選択肢は考えられず、その日も当たり前のように第4駐車場に向かうが、第2駐車場も第3駐車場も空車のサインが出ている。

第4から他の駐車場に行くにはぐるっと回って一度空港を出なければならないが、まだまだ飛行機の時間までは余裕があり、初めて第2駐車場に車を停めなおす。

周囲に人の気配はなく、第2駐車場でさえポロポロ空いている。

この時はやや感染者数は落ち着いていたが、まだかつてほど多くの人が出かけている訳でないようだ。

岡山空港の周辺はものすごい霧。寒い。

空港はもう営業中のはずだが人に会わない。静寂の中、遠くで誰かがキャリーケースを引きずる音のみが響く。まるでまだ夢の中ようでふわふわしていて現実感がない。

これこそが出発の日の早朝だ。なつかしい。

空港の待合で飛行機を待つ間、徐々にピントが合うように頭が働きだして、飛行機が霧から抜け出るころには完全に覚醒していた。

本州~九州付近は雲に覆われていたが、奄美大島ころになればはっきりと晴れている。

奄美大島の形はちゃんと地図の通り。すごく山がちなことが分かる。

このころ連日ニュースで報じられていた小笠原諸島付近の海底火山から噴出した軽石も上空から確認できた。

これは沖縄本島。

以前、デイリーポータルの記事で紹介されていた沖縄本島の一番細い部分。

沖縄本島の南の那覇周辺。さきほどの奄美大島と比べると真っ平と言ってもいいくらいだ。

上空から見る感覚と、いざ地上で感じる感覚は違うんだろうなと思いながら、これからの3日間に思いを馳せていた。実際、地上では結構な高低差を感じることになる。

飛行機から降りるのはタラップ車だった。

外の空気は南国のそれだ。気温自体が高いのは暖房などで暖めた部屋とは明確になにかが違う。縮こまった身体がふわーっと弛んでいく。部屋を暖めてもこうならない。

那覇空港からのモノレールで半袖Tシャツの人がいて「沖縄といえどもそんなに薄着だと風邪ひくんじゃないか」と心配したが、

動かなければそれほど暑くもなかったが、

少し歩くだけで汗だくになるほど。

半袖Tシャツで全然よさそうだ。

12月なのになるべく日陰を歩いてしまうほど。

目指す看板が見えてきた。

沖縄のローカルファストフードチェーンのJef

 

Jefのフライドポテトを調査する。

そしてJefでオリジナルTシャツを売っていたので、すぐに買って着替えた。

石敢當(いしがんとう)

沖縄はレンタカーで移動するのが便利と聞いていたが、レンタカーも意外と高いので基本的には歩いて移動する。日ごろの運動不足にも良い。

  

住宅街を歩くとあちらこちらに「石敢當」と書かれた表札みたいなものが埋め込まれている。

以前聞いたことがあったが見るのは初めてだった。石敢當は中国から伝わった魔除けなのだそう。

観光地をバスやレンタカーで移動したら気付かないかもしれない。

歩きだと地域の人たちの生活に根差した道も歩くことになり、いろいろな発見があるが、再びここを歩くことがあるだろうか…という寂しいような、人の行動の限界みたいなものも感じる。

特に沖縄だと、頻繁に来ることはないだろう。

まだ1日目の序盤だけど。ここまでで。つづく…かもしれない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。